武蔵国88ヶ所 その10

武蔵国八十八ヶ所  2023年1月28日

第四十九番医王山薬王寺から第五十四番柳島大日堂  
武蔵野線東浦和から舎人ライナー見沼代親水公園を歩く。
武甲山など秩父の山や筑波山を見ながら歩く、地図からは予想できい起伏のある道

東浦和駅(1973年4月開業)からすぐの所にある東浦和団地。駅開業約7年後に竣工した団地。このころの航空写真をみるとは林や畑に囲まれた緑豊かな所だった。

 赤山街道大宮通を左に分け南に進めば川口市在家。芝川を在家人道橋でわたる。芝川の河川敷が広がる。川口北高、川口短大、埼玉学園大、在家中、北中、在家小学校などがあり一寸した文教地区。

グラウンドなどもある。桜の季節はきれいだろうな。

東に向かい見沼代用水東縁を横切れば少し小高くなり西には秩父連山がみえる。
正面は東京都の最高峰の雲取山(2017m)。

薬王寺付近は畑が広がる。

49番 医王山薬王寺 真言宗豊山派 川口市木曽路934
仁寿年間(851~854)に開山、1469年に海善によって中興。医王山という名前からかつては本尊は薬師如来であったが、中興時に薬師如来と不動明王を入れ替えた。

 道合坂上から。道合の県営住宅、北中学校その向こうに武甲山がはっきりと。

東京外かく環状道路の下をくぐる。

大徳寺付近。東京外かく環状道路が「睥睨」している印象。

第五十番 安養山無量壽院大徳寺 真言宗豊山派 川口市道合1221
647年(大化3年)に山背大兄王の一族により建立されその後、空海の来寺により密教道場となった。鷹狩に家康がたびたび訪れ扁額を賜った。

51番へは東京外かんや東北自動車道を横切りながら進む。

妙延寺 真言宗智山派
「お女郎仏」と知られている。ただの一堂宇に過ぎなかったが、1953年(昭和28年)にようやく真言宗智山派の寺院「妙延寺」として認められることになった。一番新しいお寺かもしれない。

北に向かう。この付近に昔、武州鉄道(1924~1938)が走り執着点の神根駅があった。
廃線跡はここから埼玉スタジアムあたりまでは東北自動車道となった。

51番 青龍山西光院 真言宗豊山派 川口市戸塚2-6-29
天正元年(1573年)叡雅上人が創建。武州川口七福神の弁財天。
家康が日光社参の際の小休止の場所であったとも。

安行台地から低地帯を眺められるポイント。遠くに筑波山が見える。

下は根井堀用水、その下をトンネルで埼玉高速鉄道がはしる。

52番 蓮王山観福院東福寺 真言宗豊山派 川口市戸塚南2-9-36
創建不詳。中興1654年(承応3年)
ぼけ封じ。関東三十三観音霊場17番。

坂を下れば埼玉高速鉄道が下を走る県道381号線(東大門安行立野線)。南にわずかで
戸塚安行駅。このあたり戸塚城址、宮合貝塚とか赤山陣屋など史跡が多い。

花山下交差点を南に下る。お決まりの東京外かん道を横切れば安行慈林。このあたりは
毛長川やその支流の江川の上流部にあたり治水目的の調節池の整備の工事中。川口市の
資料によれば2023年10月末完成予定、総工費約7億円。

 

53番 医王山慈林寺宝厳院不動堂 真言宗智山派 川口市安行慈林954
ここは結願の88番でもある。三勅願寺とも称する。天平13年(741年)に聖武天皇
の勅願により光明皇后の眼病平癒を祈るために行基菩薩が薬師仏を安置する薬師堂を建立したことが開創の起源とされているとのこと。

江川と毛長川の合流地点。

川口市赤井付近 台という地名もあり小高いところを行く。

お約束の東京外かん道

川口市東本郷付近

54番 柳島大日堂  草加市柳島112

ようやく舎人ライナー見沼代親水公園に着く  毛長川

2月4日

発心の地