武蔵国88ヶ所 その13

武蔵国八十八ヶ所  2023年2月23日

67番長福寺は廃寺で現在は東内野町会館。
埼玉高速鳩ケ谷駅からJR西川口を歩く。

鳩ケ谷駅から町内会館まで直線距離にして約5キロ。鳩ケ谷は大宮台地の最南部。高低差がはっきり目立つ坂道が多い。それも複雑な地形を歩いていても面白い。埼玉高速鉄道の開通(2001年)までは「陸の孤島」と言われていた。「鳩ケ谷町」、地形とはあまり関係ないと思うが「川口市」と仲が悪いと言われていた。

67番へは直接、向かうのではなく少し寄り道をしながら進む。台地を登る。

昔の街道筋には古い建物が残されている。近くには郷土資料館もある。

この坂、東大阪の石切りにも似ている。

坂道を降りれば見沼代用水が流れ昔の町並み。

先に進むとそこは区画整理真っ最中といった所。地名で言えば「里」

見沼代用水脇に建つマンション・朝日プラザ 窓の外に見える代用水や桜の木が見える
・・・悪くないなと思う。朝日プラザ・・・朝日住建? 大阪にいる頃、よく耳にした
名前だったが。

県立川口高校の前を行くように坂道を登りまた下り始めると先に川口市立医療センターが見える。前身は本町にあった川口市民病院。1994年5月に移転。一般病床539床。
こういう市立病院は地方公営企業法・公営企業会計が適用される。

医療センターの北側にグリーンセンターが広がる。1967年の開園。
TV・映画のロケにもよく使われるらしい。2022年2月リニューアル完了。

 木曽路付近。49番薬王寺を訪れたときと同じ道。方向は反対に進む。

南浦和越谷線の広い通りを横切れば東内野。カラフルな建物・看板が目に入る。

67番 旧長福寺  東内野町会館  川口市東内野
 ここについてはあまり資料がなく、詳細不明。この先には武蔵野線が走る。

このあたりは安行台地の北端。北から西にかけて見沼代用水東縁が流れている。西に向かって坂をおり再び登り返す。南に進めばそこに木曽路の富士塚

木曽路の富士塚 国指定重要民俗文化財・史跡
埼玉県で現存する富士塚で最も古い。地元の人からは木曽路浅間と呼ばれた。
登れば眺めはよい。寛政12年(1800)に富士講の一派丸参講の者が築造。高さ5・4メートル、平面円形で直径20メートル。関東地方で築造年代が明らかなものとしては最古。

富士塚  富士山を模して築造された人工の山、塚。江戸時代中期以降、流行した富士講(富士信仰)のために造られたことが多い。現存している大きいものは品川富士、田子山富士塚(志木市・国重要民俗文化財)、川和富士・横浜市港北区など。

「皇太子殿下行啓記念樹」
皇太子、今の天皇陛下。山が好きで確か水運についての本も書かれている。
ここに来られたのは平成18年2月14日。
 今まで登られたいくつかの山を思い出しながらそして下を流れる見沼通船堀については強い関心を抱きながら県とか市の担当者に質問をなされた・・・・と勝手に想像。

南に向かって坂を下り、少し登り返す。49番医王寺と見沼代用水東縁と49番医王寺にはさまれた小高いところを行けばと朝日神社。このあたりも起伏がある。

 坂を下り切ればそこは畑・・・古い地図には窪地という

花の季節・遠くは県営道合団地の建物

東京外環自動車道、道合団地そしてコンクリート化された見沼代用水東縁と
人造の構築物に囲まれた川口市道合付近

神根浄水場北側から川口市の市街地方向

第二産業道路の上を行く。
都内尾久橋通りから引き継ぎ草加市をかすめ川口市で国道122号とクロス。さいたま市を縦断して上尾市に至る。1本の県道ではなく複数の県道(主要地方道)の汎称および都市計画道路の名称であり埼玉県道35号川口上尾線が「産業道路」と通称されていることに対する。

網代橋交差点を過ぎれば所々に川口の顔 工場建物
鋳物工業を中心に発達してきた川口市。都市化の波で川口駅近くに点在していた工場は1965年以降、郊外の工業団地に移転。

川口市営球場 1958年にオープン。ドーム球場にはないすがすがしさ。

西川口駅前 西川口と言えば・・・有名だったなあ。

次は 2月25日

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