武蔵国88ヶ所 その4

武蔵国八十八ヶ所  2022年12月2日

31番一条院32番玉泉院  北越谷駅から歩き北越谷駅に戻るコース。

東武線車窓から 雲取山・長沢背梁あたりかな

北越谷駅西口をでて線路沿いに北に向かう。

北越谷駅と埼玉鴨場  
皇族が鴨猟を行うため明治41年(1908)に埼玉鴨場を開設。越谷市域に東武鉄道
が通じたのが明治32年(1899)。今の越谷市内には駅がなかったが鴨場への便を
図るため宮内省は東武鉄道に対しその近くに仮乗降場の設置を求めた。その結果
できたのが仮乗降場、今の北越谷駅。
「皇室の鴨猟のためだけに使う駅だから当然宮内省が出費したのかと思いきや
見積書の欄外に『本費用ハ北千住足利間建設費中、当該科目ヨリ流用支弁スルモノトス』
とあって驚かされる」 
「地図と鉄道省文書で読む私鉄の歩み 2」(白水社・今尾恵介)に詳しく出ている。

僅かな距離で第五公園がありその向こうに宮内庁埼玉鴨場が広がる。
このあたりは利根川本流(元元荒川跡)が形成した「大林河畔砂丘」
と言われる所。

この公園の先、堤が埼玉鴨場の方向に続く。このあたりは押立堤の北端。
「越谷瓜の蔓」(江戸時代に書かれた越谷の唯一とも言うべき地方史)
に奥州古道の通過点としての記載がある。

「宮内庁埼玉鴨場」
 かつては鴨を狩猟する場を言ったが今は宮内庁が管理する伝統的な狩猟を行う賓客の接遇の場所として使用される。現在ここ「埼玉鴨場」と千葉県市川市の「新浜鴨場」の2カ所があり、毎年、見学会も開かれているらしい。因みに、「新浜鴨場」は今上天皇陛下が皇后雅子様に求婚された場所であると。

ところで現在、野鳥は自由に狩猟していいものか。調べてみた。
 「鳥獣の保護及び管理並びに・・・」略して「鳥獣保護管理法」に細かく定められている。許可の上、狩猟可能な鳥類は「カワウ、ゴイサギ、マガモ、コガモ、ヨシガモ、・・・」など28種。このなかにはスズメとかハシブトガラスもある。
ツバメとかホオジロなどはない(狩猟禁止)。

だいぶ前に当時の都知事がカラス退治を行ったがこの法律にも続き許可を得たのであろう。
が、この許可の権限は都にあるはず。こういう場合権限関係はどうなるのだろう。

越ヶ谷梅林公園

「元荒川」そして「大落古利根川」のこと

江戸時代以前、利根川は埼玉県域で南下し江戸湾(東京湾)に注ぎ、現在より東を流れていた荒川と合流。たびたびの大洪水が発生。

利根川を東へ大きく迂回させる(利根川東遷)と荒川を利根川から引き離す(荒川西遷)工事を家康が始めた約60年の大工事。このあたりはその舞台だった。

 東武伊勢崎線の大袋駅、開業は大正15年(1926)と古い、と隣のそのせんげん台駅(1967年開業)。その二つの駅の西側は越谷市の区画整理事業~都市基盤整備事業、それまでは田んぼだらけだったが敷地の整理、整備、ショッピングタウンや住宅の建設が現在進行中。
20年以上前に計画されたこのプロジェクト、当時のニュースには
「西大袋地区中心核は、越谷市が施行する西大袋土地区画整理事業中心部の敷地6・5haに調整池・公共施設・近隣公園を一体的に整備する」とあった(埼玉建設新聞)。
やはり場所柄、水への対応が中心なのだ。

ここにあった東養寺、移転したのか。

新しいまっすぐな道路が東西を結ぶ

31番 一乗院 越谷市三野宮618
   真言宗智山派 元仁2年(1224)北条政子の開基。

 そばの三野宮香取神社境内。北側に埼玉県立大学の校舎が近い。

元荒川 向こう側(左岸)は”ニュータウン”の一角か。

反対側は農地が広がる。地名で言えば野島。

南東に向かう。秩父の山、三角形は武甲山・・・年々形も変わっていているんだろうな。

草加バイパス(国道4号)を横切れば、
32番 稲荷山玉泉院 越谷市南萩島209

文教大学キャンパスを見れば「越谷で一番美しい風景」だそうです。
確かの桜の季節、良いかもしれない。

 北越谷駅は近い。再開発を待つ建物が夕日を浴びてたたずむ。

12月10日に続く

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